進化するために

TVでも、ネットでも、そこにあるニュースは「嘘つき!」と思えるものばかりではありませんか?日本の頂点にいる人々の見苦しい嘘、日本が誇るはずの大企業の嘘、そして人を育てるべき学校の嘘。それらを見ていると大人ってひどい、信じられない、なりたくない!なんて思えても仕方がありません。実際その通りなのですから、本当に嫌になりますよね。もう自分たちでやっていくしかない!と思うかもしれません。でもどうやって…??とそこで止まってしまうのではないでしょうか。今回はそんなあなたに一筋の光でも与えてあげることができればと思います。

まずはじめに今日本というこの国で起こっていること、いえ、世界中で起こっていることがあります。それは既存の枠組みが壊れてきているということです。それは小さなものだけでなく、大変巨大なものまで壊れてきており、国家そのものが融けてきているということです。

これまでの枠組みとは、これまでの大人たちが作ってきたピラミッド構造(タテ型)社会であり、国家にしろ、会社にしろ、そして学校にしろ、組織のほとんどがこの構造でできています。この構造をひとことでいえば、ピラミッドの一番上にいるトップの人が全てを握るというものです。トップの人がいかようにもできる仕組みであるのです。

もしそのトップの人が善なる人であり、善なる想いと、善なる行いをすれば、その下にいる人々にも、その善が巡ってきます。人々もその恩恵を受け、幸せを感じられることでしょう。けれどもそのトップの人が全てを独り占めしようとすれば、そこに生じるのは搾取であり、その下にいる者は吸い取られ、奪われ、制限され、下に行けば行くほどそれはひどくなるという悪循環の中で苦しい思いをすることになるのです。

残念ながらこの世界は善なる人ばかりではありません。独り占めしようとする人も多いのが事実です。皆さんも学校の教科等で習ったことがあると思います。西洋で発達した資本主義は、資本家が労働者に給与を支払うものの、実は労働の搾取であるということを。そしてここ30年はその独り占めをよしとする風潮が世界中に蔓延しようとしていたのです。皆さんも「競争原理」という言葉を聞いたことがあるでしょう。その競争原理こそが独り占めにつながるようになっているのです。日本も例外ではありません。私たちの国は先進国といわれ豊かな国のはずでした。けれども近年格差は広がり、貧困問題が取り出され、まともな教育が受けられないばかりか、満足なご飯も食べられない子供が出てくるようになっています。これこそ独り占め、つまり競争原理の結果です。

けれども歴史を見れば分かりますが、この世界は振り子の仕組みのようなものでもあります。いつまでもそのようなことが続けられるわけでもありません。振り子も極地まで行けば今度は戻ろうとします。インターネットの発達やSNSの発達、そして人々の意識の変化によって、これまでの仕組みや彼らのしてきたことが明らかとなり、そのことが(即座に)広がるようになりました。それはピラミッドの下で起こった地震のようなものです。地震が起こった時高いところほど揺れるものです。そのため上にいる者ほど慌てふためき、下手な嘘をついて取り繕うしかなということが現在起こっていることです。

さあ、それではこのような状況の中で私たちはどうすればよいのでしょう。「自分たちでやっていくしかない!」というその気持ちが芽生えたことは素晴しいことです。でもどうやって…?と迷う人も多いことでしょう。その答えはズバリ「進化する」ということです。今問われているのは実は、「進化するか」、それとも「進化しないか」その選択なのです。

私たちはこれまでその多くを国家に任せてきました。会社や組織に任せてきました。もしくは学校に任せてきました。ピラミッド構造がしっかりしていた時はそれで何とかなっていました。例えはじめはピラミッドの底辺にいたとしても年数を重ねればある程度上に行くことができました。そして上にいけばそれなりの権限を持つことができました。それは学校でも同じです。年が上に行くほど先輩の立場となり権限も大きくなってきます。もしかすると今もそこに任せておけばある程度上に行けるかもしれません。けれども今ピラミッドの下から揺れており、その揺れがだんだん大きくなっています。もしそれが崩れてしまったならば、それに巻き込まれてしまいます。任せているだけでは、下手をすれば一緒に融けてなくなってしまうということにもなりかねません。

私たちは近年ありとあらゆることを任せるようになってしまいました。働いてお金を稼ぐことは会社に(サラリーマンとして)任せるようになりました。料理は一つひとつ手作りから、電子レンジに、企業の食品に、スーパーのお惣菜に、そしてコンビニの弁当、外食産業に任せるようになりました。ちょとした修理も物づくりも、業者に任せ、既成品のものをよしとするようになりました。その結果私たちは完全なる消費者になり下がってしまいました。企業に、専門家に、学校に、そして機械に…、何でも任せるようになった結果、そのほとんどを買って済ませるようになったのです。今ではトイレの蓋さえ開けるのを機械に任せるようになってしまい、いったいどれほどのことを私たち自身の手で行っていることでしょう?

さて、始めにこれまでの枠組みが崩壊している、国家までもが融けてきていると書き、そのために進化することが必要と書きましたので、進化するにはとてつもないことをしなければならないと思われるかもしれません。けれども決してそのようなわけではありません。進化することの一つは、消費者になりきってしまった自分から生産者になることです。そのためにまずはこの「手」を取り戻すことです。手と頭と心を使って自分自身が、(あるいは仲間と一緒に)生み出すことが必要です。もしかすると私は手も頭も心も使っているという人もいるかもしれません。仕事で年中考えているという人もいるでしょう。中には本当にそうしている人もいるのでしょうが、でも実はその多くの人が上からの指示で行っているのではないでしょうか?それは本当に自分の手、頭、心を使っているといえるのでしょうか?そして私たちはそれらで持って取り組み、その一連のプロセス(過程)があってこそ、本当に学んでいくこと、生産者となれることが分かるのです。

消費者とは、ある意味この一連のプロセスを省き、出来合いのものをよしとすること、あるいは誰かほかの人に任せることです。現在ほとんどの人が機械で作られ、全く見た目も形も同じものをよしとしています。けれどもそこで出来上がるものは結局人間がロボットのように、まるで機械のように動いて出来上がったものです。他の人に任せるにしろ、その人はマニュアル通りに、あるいは機械(コンピューター)の指示通りに行うだけということも多くなっています。それは見方によっては機械に、人間という機械として使われているだけではありませんか?

私たちはついつい時間に追われ、プロセスを省き、消費をすることになりました。けれども結果それでゆとりを持てるようになったのでしょうか?PCが導入され、時間が短縮されると考えられました。機械に任せれば楽になると考えられました。実際そうなったところもあるのでしょうが、トータル的にみると何か以前よりもせわしくなっているのではないでしょうか?社会や科学が進歩し、私たちの暮らしは本当に豊かになったのでしょうか?消費(購入)するために自分の時間を切り売りする。そして機械の一部となってしまっているのではないでしょうか。

もちろん現在の文明の利器、科学の進歩は私たちによい面ももたらしました。世界中を訪れることができるようになりました。世界中の人と話しをし、様々な情報を発信することも受け取ることもできるようになりました。それらを否定するつもりはありません。けれどもそれらに使われるようになってはいけません。それらの利点をうまく使い、新たな生産の手段としなければなりませんし、それらと共存する中で「手」を取り戻さなければなりません。そのために私たちは何が必要で、何が不必要かの判断をしなければなりません。それ故「頭」を使い、「心」を使わなければなりません。

誰もが豊な人生を送りたいと思います。豊さとは決してお金があるということだけではありません。むしろお金はこの先どんどん離れていくこととなるでしょう。豊さを得るために必要なのは進化です。「意識の進化」、「生活の進化」「働き方の進化」など。そのためにまずは「手」を取り戻すことが必要です。それは一見すると昔に戻るように見えるかもしれません。時にそれも必要です。間違った道を選んだ時には、元に戻ることが必要なこともあります。手を使う、頭を使う、そして心を使う。この3つが基本となってきます。

さあ、あなたは進化を選びますか?それとも一緒に崩れていくことを選びますか?もっと簡単に言うならば、あなたはこのまま消費者だけで居続けますか?そのために機械の一部であり続けますか?それとも生産者となり、人間らしい生活を営みますか?

そろそろ腹をきめ、次なる一歩を踏み出しましょう!

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