ネコに生まれ変わってきたお話し

5年ほど前に「重症心身障害児者の在宅生活調査」という仕事を請け負いました。重症心身障害児者とは重度の肢体不自由と重度の知的障害の両方を持つ人たちのことであり、簡単に言えば寝たきり状態かつ言葉もままならない人たちのことです。日本には約38,000人いると推計されているのですが、その中の一地方、それも過疎化がどんどん進んでいるエリアに住む30名程度の重症児者の在宅生活についての調査でした。

正直それまで全く重症心身障害児者のことは知らなかったので大丈夫かな~と思いつつ依頼先の療育センターを訪れたのですが、そこで出会った重症児者の一人が美咲ちゃんという女の子でした。彼女は当時中学2年生だったのですが、地域に彼女のような状態の子が通える学校がなかったために週に2,3回療育センターにある通園施設に来て、午前中は訪問学級の先生がそこまでやって来て勉強(?)を教えたり、午後はレクリエーションをしたりして過ごしていました。

初めて美咲ちゃんに会った時の驚きは今でもよく覚えています。彼女の背骨は「く」の字のように湾曲しており、頭ものけぞるようになっていました。体も普通の中学2年生と比べてもずっと小さく、世の中にはこんな子もいるのだという驚きで私は唖然としてしまい、しばらく動けなかったのです。

一方美咲ちゃんの方も私を見て顔を真っ赤にしていました。イケメンの私を見て一目惚れし真っ赤になっているのかと思ったのですが、実際は突然のツルツル頭の海坊主の出現に驚き、顔をこわばらせ、血圧と頬の熱が上昇したようでした…。

truthseeker08によるPixabayからの画像

それから8か月間美咲ちゃんと私は週に1回程度顔を合わすようになるのです。お互いシャイな二人でありながらも会うたびに徐々に打ち解けていき、いつしか私が訪れると、彼女は満面の笑顔で迎えてくれるようになったのです。

彼女は時に腕が反射的に動くことはあっても、自分で体を動かして寝返りを打つこともできません。言葉もしゃべろうとしてもうまく出てきません。それでも「目は口ほどに物を言う」という通り、私が訪れるとクリッとした大きな目と口で喜んでくれるのでした。

先ほど重症児者とは一般的に肢体不自由と知的障害の両方を併せ持つこと、言葉もままならないということを書きましたが、美咲ちゃんの場合、言葉はしゃべれないのですが、周りの人々の言うこと、話す内容は理解していたように思えます。というのもみんなの言葉によく反応して、時にはこんにちはとか、ありがとうという言葉を発しようとしていたのをよくみたからです。そのため意思疎通はできていたのではないかと思うのです。

そんなわけで週に2,3日療育センターに来て、通常は事務所で作業等をしていたのですが、時間のある時は通園施設を訪れ、美咲ちゃんの昼食を介助したり、時には一緒に遊んだりしたものです。ちなみに私は美咲ちゃんのふっくらとして張りのある頬っぺたを触るのが好きでよくツンツンしたり、ナデナデしたりと触っていました。親戚でも何でもない中年男が中学2年生の肌を触っているのですから今だとセクハラと訴えられるかも…しれません。

調査は3月末に終わり、定期的に療育センターを訪れることはなくなったのですが、その後半年に1回程度何かのついでに遊びに行き美咲ちゃんと会っていました。しかしながらセンターまで片道90キロもあるためだんだん足は遠のき、いつしか1年に1度訪れるかどうかとなりました。それでも美咲ちゃんは私の訪問に気づくと笑顔で迎えてくれたのです。(一説によると、美咲ちゃんは私と対面する前に、私がセンターの外にいるときにすでにその気配を感じていたとも???)

昨年5月末のことです。何か月ぶりかに久々に訪れたのですが、いつものようにそこには美咲ちゃんがいました。しかしながらその姿を見てドキッとしました。美咲ちゃんの喉には人工呼吸器のチューブが装着されており、SPO2(酸素濃度)も常に計測されて、周囲は機械だらけとなり以前とは随分変わってしまっていたのです。聞けばなんでも調子が悪く最近まで入院しており、その日何か月ぶりかに療育センターにやってきたとのこと。私は何の予告もなく訪れたのですが、まさかのタイミングだったのです。

そんな状態にも関わらず、そして随分会ってなかったにもかかわらず美咲ちゃんは私の訪問をいつも通りの笑顔で迎えてくれたのです。そして9月の誕生日に待望の20歳になりますとのことで、当時14歳だった女の子が二十歳になるのですから、その時にはお祝いを兼ねてまた訪れようと思ったのでした。

話は変わりますが、先日「ニャン子から学ぶ子育て理論」を書きましたが、我が家には猫がいます。その出会いは、子育て理論に書いているのでここでは詳しく書きませんが、昨年10月末のある日我が家に迷い込んできたのです。当初は人を恐れ逃げ隠れするために近づけなかったのですが、2日後の朝庭の隅っこで寒さのため衰弱しきっているところを発見し、家の中に入れて温めてやったところ、見事よみがえったのです。

最初私自身は飼うつもりはなく、母親の(家で)遊び相手として飼えばいいと思ったのですが、猫なんか飼うのはもう嫌ということでした。そこで誰かに飼ってもらおうと友人等に連絡をして飼い主を探してもらったところ、数日後に飼ってもいいという人が現れたとのことで差し上げようとしたところ、引き取りの条件として病気の検査をしてほしいとのこと。面倒くさいなと思いつつ近所の動物病院に連絡すると「検査できます」とのことで、暇なときにでも連れて行こうとしたのです。しかしながらこの間家に子猫がいることを聞きつけた姪っ子が猫の餌を購入してきたり、翌々日に今度は猫用ベッドを購入してきたりと無言の「飼えよ」圧力をかけてきました。また母親においては子猫の相手をしているうちにすっかり情が湧き、遂にはあんたが飼えばいいといい始め、とうとう我が家の猫とすることになったのです。ちなみに引き取り手には複数の飼いたいという希望者が現れ抽選の結果…、との断りを入れたのでした。

子猫を我が家で飼うようになり、最初は海坊主への不信だらけで逃げ隠ればかりだったのが、助けられてこいつは安全と分かったのか、グルグルと喉を鳴らしながら私に近づいて膝の上に乗ったり、私の後をついてきたりするようになりました。子猫の成長は早く、食欲、いたずら、好奇心ともに日々旺盛となり、家の内外を走り回るようになるのです。

さて、少し時間を戻して、子猫と出会う2か月ほど前の昨年8月のことです。とあるグループからビアガーデンパーティーのお誘いを受け参加しました。グループのメンバーはみな知っているのですが、その他の参加者は誰も知らないのでなるべく早くに切り上げて帰ろうと思っていたのですが、目の前の席に座ったのは以前重症心身障害児者の調査を行った療育センターの通園で働いていた人でした。超偶然の再会に随分久しぶり~と驚き喜び合ったのですが、話しの中で出てきたのが、美咲ちゃんが亡くなったということでした。思わず「うそ~」と叫んでしまいました。(その人も数年前に療育センターを辞めており詳しいことは分からないのだけどということでした。)

あと1ヶ月ほどで20歳となり、そのお祝いに駆け付けようと思っていたのに…。美咲ちゃんの笑顔のおかげで調査期間にあった嫌なことも苦しいことも乗り越えられたのに…。あの子との出会いがあったからこそ私は障害者支援の仕事に携わることに決めたのに…。人生の何度目かの大きな価値転換を起こしてくれた子だったのに…。いろいろな思いが頭の中を駆け巡りました。その場では動揺を隠していましたが家に帰る途中涙がこぼれずにはいられませんでした。

実をいうと5月に会ったときに彼女の姿を見て「ヤバイな…。」と思いはしていました。これでもかつては高齢者福祉に十数年間携わってきた身です。何十人という人の死を見てきました。なので彼女の状態がどんどん悪くなっていることも分かりましたし、もしかするともう長くはないかも…という予感はしていました。でも9月の20歳まではもって欲しい。それは私の願いでもありました。(きっとみんなの願いでもあったと思います。)

後日療育センターに電話をすると6月に亡くなったとのこと。5月末に私が訪れた日が最後の数回だったようです。あの退院直後の再会は見えない縁が最後に引き合わせてくれたものだったのだなと思うと再び涙が込み上げてきました。二十歳には届かなかったけれど、あの小さな身体で19年間という歳月をよく頑張って生きたよと思うと同時に、出会えてよかった、ありがとうと心から感謝したのです。

Peggy und Marco Lachmann-AnkeによるPixabayからの画像

ちょっと悲しくなってしまいました。話しを猫に戻しましょう。子猫の飼い主となってから、毎日餌をやったり、うんちの片づけをしたり、時にはお風呂に入れてやったり…と世話をしています。遊び道具もたくさん作ってやりました。ところで我が家の子猫の特徴は目がクリッとしており、親バカではないですが、普通の猫よりもずっと可愛らしい顔をしています。とある女の子に写メを見せると「この猫、持ってるな~」と言っていました。それと飼い始めて思ったのが、わりと頭の良い猫だなということです。というのも結構私の言うことを理解してくれたり、察知してくれたりするのです。母親も同じように感じているようで、頭のいい猫だと近所の人に言っていたので、これもおそらく本当です。(でも今では食べることと、外に出て遊ぶことしか考えていないような、腹立つ猫でもあるのですが…。)

ということで10月末から猫との暮らしなのですが、ある時子猫をチラッと見ると、猫も私をじっと見つめていました。その時ふと「もしかして美咲?」と思ったのです。子猫のクリッとした目が美咲ちゃんの同じくクリッとした大きな目と同じに思えたのです。その時に喜んだ顔をして「ニャー」と鳴いてくれれば確信できたのですが、残念ながらただこちらをずっと見ているだけでした。

でも何となくこの思い(直観)、当たっているように思えるのです。彼女は大変なひとつの生を送り、彼女自身の大きなカルマを除去しました。その世における使命も果たしました。なので49日を終え、誕生日を迎え二十歳となり、次の人生を送る前に、ちょっとひと休みと遊びもかねて猫となって私のもとにやってきたように思うのです。

魂は永遠です。何度も何度もこの世に生まれて修行を重ねて成長していきます。だから今回の猫ちゃんとして生まれることも神様は許されたのではないでしょうか。

産婦人科医の池川明先生は、子供は親を選んで生まれてくると言っています。猫の姿となって、10月ごろに近所のノラ猫から生まれ、猫の母親から捨てられ、死にそうな思いをして…と、いくつかの試練を乗り越え私のもとにやってきたように思うのです。

子猫は体も柔らかく、運動能力も抜群です。時にスピードを出しすぎて壁にぶつかったり、あるいは椅子から落っこちたりします。しかしながらそれも19年間ずっと寝返りも打てない不自由な身であったためにかつてできなかったことを今おもいっきりやって楽しんでいるように思えるのです。そう思えば猫のいたずらも許せます。

と言いたいのですが…、このところいたずらが度を過ぎているがゆえに腹立つことも多いのが現状です。(床や廊下が傷だらけに!!!)

お前美咲か?といっても、ニャーともいわず、お腹の減った時にニャーニャーと鳴きまくり催促しています。おかげでこのところ少々ふっくらしすぎてきたような…、顔がふてぶてしくなってきたような…。そのため可愛らしいような、憎たらしいような…。新型コロナウイルスのロックダウンに備え、備蓄の一番に購入したのは猫の餌という…、猫との共同生活を送っています。そうそう美咲ちゃん今回♂猫として転生してきました。

果たしてこの輪廻転話し、本当か、単なる思い込みかの判断は、あなたにお任せします!!


らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~

 

 

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