私たちが今取り戻すべきもの(新型コロナ考7)

エリートたちの結晶

世界を見てみると新型コロナウイルスはまだまだ収まるどころか勢いを増していくように思えます。当初は秋ごろから第2波が襲ってくるかもしれないと予想していたのですが、少し早めに警戒した方がよいのかもしれません。

現在各国でワクチン開発が進められているようですが、このウイルスの研究が進むにつれ、それを開発することは到底不可能だと思えますし、長年の年月をかけて作られた人工ウイルスだけに、その手の入れようは尋常ではないと思うばかりです。

例えばこのウイルスは免疫細胞の一つであるT細胞を消滅させてしまうことや、感染したヒト細胞をゾンビ化し、その後ウイルスが細胞に指令を出し、他の健康な細胞に感染を促す運動をさせること、あるいは水中で最大25日間生存することなどを知ると、一体どれだけ念入りに仕込んだのだと思わずにいられません。世界のウイルス研究エリートの成果が詰め込まれているだけに私たちはこれを容易に克服することはできそうにありません。

ならば私たちがすべきことは、多大なストレスのかかるようなことをやめて、日々を楽しみ、感謝し、祈るという縄文時代的に~縄文的死生観でもって~生きることではないかと思うこの頃です。

強奪生活

さて前回は現在の世界標準化した生活スタイルのベースにあるものは西洋スタイルであり、その根底にあるものは「強奪」や「搾取」であること、そしてそのようなあり方をもうやめにして覚醒していきましょうということを述べましたが、今回はそれをもう少し深掘りして、なぜ彼らはなぜ奪うことをするかその理由を探るとともに、日本において江戸末期から現代までの変貌を通じて現代社会に何が必要なのかということを考えてみたいと思います。

その前に世界標準化についてですが、宇宙時代を迎えようとしている現在、世界が標準化すること自体は悪くはない、あるいは仕方のないことだと思っています。

これまで私たちは地球内でそれぞれの地域で、それぞれの人種や民族としてやってきたところがありますが、宇宙時代に突入するにあたって地球人としてまとまっていくことは大切なことだと思うのです。世界共通ベースの上でこれまで培ってきたそれぞれの地域の個性を活かして、ユニークなものを作り上げれば人間の想造力は今以上に素晴らしいものとなるのではないでしょうか。そうこれからは地球人として生きていく時代なのです!

ただしその共通ベースが強奪や搾取では困るのです。なぜなら人間は現在地球3個分の暮らしをしていると言われています。生活の根本が強奪と搾取をベースにしているならば地球はどんどん破壊されていく一方です。地球は一つしかないのです。このままでは地球はいずれひび割れ赤茶けた大地の星となることでしょう。これでは人類は滅びるしかありません。

そのような人類は宇宙にも参加させてもらえるはずがありません。なぜなら他の星へ行って、自分たちの欲望を満たすためにその星から強奪・搾取するばかりならば、きっと宇宙連合は地球人が地球外に出ることを許すことはないと思うからです。というわけで強奪と搾取をベースにした生活を改め、共生をベースとしたものへと転換しなければならないと思うのです。

emilydixon18によるPixabayからの画像

西洋の不安

ではなぜ西洋人は強奪と搾取を根本としてきたのでしょうか?誰だってお互い仲良く平和裏に暮らしたいと思うものです。 実はそれによって「安心」を得るためです。なぜなら前回書いたように彼らはその歴史上長年近隣あるいは中東・アジア諸国等と争いを繰り広げる中で、支配する、支配されるということを繰り返してきたわけです。

そして争いに負け支配されるということは「奴隷」となるか、もしくはその地を捨て流浪の民となるしかないのです。それは屈辱以外のなにものでもないのです。その屈辱的体験を民族として味わっているのです。そのため(争いに勝ち)支配を続けている限りそこには勝者としての「安心」があるのであり、そのためには時に皆殺し、あるいは強姦し、徹底的に奪い、力を根こそぎそいで、その上に自分たちの権力を見せつけ地位を確立するのです。

そうして彼らは「安心」を得るわけですが、その安心とは誰かを犠牲にして成り立っているのです。このことをもっと深読みすれば、その安心の根底にあるのは「不安」です。いつまた襲われるか分からないという恐怖や不安があるがゆえに、徹底的に相手を痛めつけ立ち上がれなくし、その上で支配することよって仮の安心を得ているわけなのです。つまり彼らの安心は不安の裏返しなのです。

彼らの深層心理には常に恐怖や不安が付きまとっているのです。故に悪魔崇拝などにも行きつくのです。ただしこれはヨーロッパだけではありません。中国(アジア大陸)おいてもある意味同じことが行われたと思います。ただし彼らは時に朝貢という形をとり、その民族におけるその地の統治を認めていたのです。

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

江戸の安心と不安

世界を見てみると基本支配者層は下層のものから搾取し贅沢な暮らしをし、それがもとで民の不満が高まり、やがてはそれが支配者層を倒していく、あるいは革命につながっています。日本においても平安時代から鎌倉時代への移り変わりがそれに当たるのではないでしょうか。(もしかすると現在もそのようなときなのかもしれません…。) しかしながら日本においては支配者層が率先して質素倹約に励み民の模範となるという時代がありました。それが江戸時代です。

争いの時代が終わり、時代の安定と共に刀を置いた武士たちは、飢饉等の発生と共に質素倹約に励むようになります。士農工商という身分制度の中で武士は一番上の位であり、お上、今でいう官僚や役人の位置におり、その地域を統治してていましたが、民に質素倹約を奨励するとともに、自身も質素倹約を心掛け、また心身の鍛錬にも励むのです。いわゆる武士道というものです。それが故に時に農民による一揆や打ちこわしがあったとしても、基本民はお上を信頼し、質素で(西洋人から見ると)貧しい暮らしながら、常に笑い、助け合い、努力もする日々を送ることができたのではないかと思うのです。

もちろんそこには日本の特徴として、自然豊かで、緑と水が常にあり、四季の変化にも恵まれて、何らかの食べ物は手に入るということもあったと思います。このお上に対する信頼と自然(の恵み)がベースとなり庶民には「安心」がもたらされていたのです。

FRANK211さんによる写真ACからの写真 

明治維新とそこにある安心

しかしながら西洋人の訪れとともに、不安がもたらされます。真っ黒い煙を吹き出しながら動く巨大な蒸気船、それに設置された爆音とともに巨大な水しぶきを生み出す大砲。それらを初めて見たときは武士も農民も商人も身分など関係なく、みな腰を抜かすほどの驚きだったことでしょう。また長崎の出島等からもたらされる彼らがアジア諸国でどのようなひどい仕打ちを繰り返しているかということを知ると、その圧倒的な科学や武力の違いに、そして彼らの持つ裏の顔に日本の将来を不安に思わずにはいられなかったことでしょう。

実際に幕府は彼らの圧力に屈し、不平等条約を締結させられ、一方的に搾取され始め民衆の不満は高まっていきます。その状況に危機を抱いた者たちが立ち上がり、日本を守ろうとしたのが尊王攘夷であり、明治維新だったのではないでしょうか?(もちろんそこには西洋の戦略もあり、それに乗せられたこともあったことでしょう。)

明治維新とは、先の状況とアジア諸国を次々と植民地化し搾取強奪を繰り返す欧米諸国から日本を守るためのものであり、それまであった(日本の)安心の基盤を一度崩してでも行う必要があったものと思います。日本は富国強兵を掲げ、西洋文化を取り入れつつ、軍事化を進め、西洋との科学技術の差、軍事力の差を縮めようとします。そして日露戦争でバルチック艦隊を撃沈し世界から驚嘆されます。そして西欧諸国の植民地化政策に立ち向かうべく大東亜共栄圏を掲げ日本を、アジア諸国を守ろうとします。

この維新によって幕府時代の安心は失われてしまいましたが、西欧諸国の植民地政策から国を守る、つまり独立した国家という枠組みを守ろうとする意気込みで国民に「安心」を与え続けようとしたのです。

昭和と安心

しかしながら太平洋戦争の終戦とともに共栄思想は潰されます。広島・長崎には原爆が投下され、首都圏をはじめ地方都市までもが空襲によって焼けつくされ、国土は焼け野原状態となります。それでも日本は天皇を象徴として、アメリカ化を取り入れながら国内の建て直しに取り掛かります。そこには国と国民が一体となって生活の安定、つまり「安心」を取り戻そうとする思想があったと思われます。そして日本は見事によみがえり、日本国民総中流意識を持つまでになったのです。

国民の多くが企業に勤めるようになりましたが、そこには経営者と従業員の格差もそれほどありませんでした。終身雇用・年功序列制度がとられ、そこで勤め続ければ、家族が普通に幸せな一生が送れると誰もが思い、妻は夫を毎日会社に送り出していたのです。会社の株式は関連会社が持ち合い、その企業が安定的に継続・発展する限り特に口を出すこともなく、その企業はそこで働く人々を一つの家族のように思える家族主義的経営がなされていました。国は企業を保護しつつ、企業とそこで働く人とその家族は一体となり、国民に安心がもたらされていたのです。

けれども80年代に入り状況が変わってきます。経済成長を続ける日本に対し、巨大赤字を抱え始めたアメリカが異議を唱え始め、為替相場の是正(プラザ合意)がなされ、更には国営企業の民営化、株主の持ち合いの解消と株主利益増大の要求が始まります。いわゆる会社は誰のものかという議論であり、それを象徴するのが国鉄(国有鉄道、現在のJR)の民営化と大規模リストラであり、企業の家族主義経営から株主経営への転換が始まるのです。すなわちこれまでの企業と家族の一体化による「安心」が崩れ始めるのです。

崩れゆく安心

国鉄民営化、株主利益増大の要求を契機に、企業は長期利益から短期利益重視へと切り替わります。次々と企業の赤字体質や赤字部門の見直しが行われ、多くの企業でリストラが始まります。しかしながら日本人の努力と改善の積み重ねから一連の企業は危機的状態から脱し、再び景気は上向き始めます。株式の持ち合いが薄れ、その流動化から一般の人々が株を持つようになり、景気の上昇に伴うバブルが到来します。この間国民は企業との一体感は薄れていきますが、その分を景気上昇と株式価格の上昇が補うカタチで国民に安心をもたらします。しかしながらバブルの崩壊とともにそれは崩れ去ります。終身雇用はどんどん薄れ、年功序列も消えていきます。

更に小泉政権の誕生と共に更なる民営化と規制緩和が進められていきます。その象徴が「郵政民営化」であり、彼のスローガンであった「自民党をぶっ壊す!」です。しかしながら実際に彼が行ったのは「日本の『安心』をぶっ壊す!」だったのです。そして2000年9月11日のテロとの戦いをきっかけに、日本国家は国民を守ることをしなくなっていきます。このころから政治家は自分の利益しか考えない存在となっていることが徐々にあからさまになってきます。

その様な国家体制(政治気質)となり社会はどんどん荒廃し、親殺し、子殺し、虐待の増加と家族関係さえも崩れていくこととなります。国民は国内・国外での競争にさらされ、自身も家族も自分たちで身を守ることを暗に要求されるのです。

以降今日まで景気は政治家と癒着した一部の者以外は停滞を続け、金融資本主義、新自由主義、・新保守主義が推し進められる中で国民は翻弄され続け、社会不安は増大する一方です。格差は当然となり、ついには家族という基盤までもが崩れ、個人での自立と責任が当然のごとく要求されるようになっています。国民のほとんどが不安の中で暮らすようになり、資産(お金)あるものだけが、仮の安心を得ている状態にあるのです。

しかしながらお金による仮の安心もどんどん崩れようとしています。近年の気候変動により災害が多発し、人々はいつ地震や洪水に襲われるか分からなくなっています。更には今回の新型コロナウイルスによって仮の安心であったお金に対する信用も崩れようとしているのです。自然もウイルスもお金がある者であろうとなかろうと、それらは目に見えるカタチ、目に見えないカタチで私たちに襲い掛かってきています。

取り戻すべき安心

こうしてみると江戸末期から現在に至るまでに、日本においては民にあった「安心」が壊されていく歴史であったことが分かります。そして安心に取って代わって生じたのが「不安」です。今や国民のほとんどが不安に陥っているのです。

それでは私たちはこの不安の中でどう対処していけばよいのでしょうか?先に西欧の歴史で見たように不安を根底において安心を得ようとすれば奪い合うことしかないのかもしれません。しかしながらそれではもう地球は持たないし、宇宙時代へと行くこともできません。そこには滅びしかないのです。そこで今私たちがすべきことは「安心」の再構築なのです。江戸末期から壊されてきた安心をもう一度作りなおさなければならないのです。

ではその安心を再構築するためにどこから手を付けていくか。それは自分自身の安心であり、身の回りの安心です。具体的には、食の安心であり、免疫力の向上であり、スピリチャル的向上であり、家族関係であり、コミュニティ(地域)の安心であり、私たち自身が手を付けられるところの安心の構築が必要です。もはや政治家などの何らかの権力を持った者などに頼ったところで埒が明かないのです。小さくとも私たち自身の手で作り上げていくことが必要なのです。

私たちは今ある意味ウイルス戦争という戦時下にあります。今は身をかがめ穴から状況をのぞいているような状態です。けれども今回のウイルスには多分に天の意思が感じられます。故にもし私たちが天の意思に従った~天に恥ずかしくない~生き方をすれば、きっと天は味方となってくれるに違いありません。最初に触れましたが、私たちは今縄文的死生観でもって生きていく中で、もう一度安心を作り直す必要があるのです。つまり地球との共生であり、地球と共発展するという生き方です。

焼野原にもやがて花は咲きます。最初は一輪でも、それはやがて2輪、3輪となり、無数の花となっていきます。さあ、瓦礫の花となりこの地をもう一度お花畑に使用ではありませんか。花が増えれば増えるだけ安心は増し、新たな社会ができてくるのです。それはきっと地球が喜ぶものであることでしょう。

flyupmikeによるPixabayからの画像


らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~

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