椅子取りゲーム社会の終わり

揺れ動く世界

世界が揺れに揺れています。ヨーロッパでは新型コロナウイルスの第2波(第3波?)が襲っており、各都市で再びロックダウンがなされているようです。Youtubeでヨーロッパ各地の状況が伝えられていますが、都市によってはマスクを着用していなければ罰金が取られてしまうとのこと。どんどん統制管理が厳しくなっているようです。

おそらく今回の再ロックダウンでヨーロッパ経済はガタガタになると思われます。加えてイギリスのEU離脱や移民問題でヨーロッパの混乱は相当なものとなるのではないでしょうか。

そしてアメリカ合衆国。こちらも荒れに荒れています。新型コロナの感染者数や死者数もそうですが、今回の大統領選挙でアメリカは真っ二つに分断されようとしています。おそらくこの先本格的な内戦状態となり、しばらく続くこととなるのではないでしょうか。

 私は大いに陰謀論に関心があるので、ランプ支持であり、今回のあからさまな不正選挙を苦々しく思うと同時に、この先トランプ大統領がどのように実態を暴きディープステイを成敗くれるものかと期待もしています。

それはさておき今の合衆国を見ている限りかつて世界の警察として君臨していたアメリカの姿はどこにもないとしか思えません。1%と99%の格差といい、合衆国こそが現在の世界同時社会不安の象徴であると言えるでしょう。

Barbara RosnerによるPixabayからの画像
次なる覇権国家

ということで今私たちはかつての覇権国であった西欧の更なる没落、そしてここ100年世界を覇していたアメリカ合衆国の凋落を目の当たりにしているわけですが、それでは次なる世界を制する国はどこなのでしょうか。

まず初めに思い浮かぶのが人口数と言い、経済力と言い中国でしょう。しかしながらあれだけの人民監視と統制、ウイグルやチベットあるいは香港での非人道的な行為、さらに三峡ダムのような爆弾を抱える国が世界を制するとも思えません。ましてやかの国の経済手法、製品の質からするとたとえそのように思えることがあったとしても、それは百円ショップのかの国製のごとくすぐに終わることとなるでしょう。

では世界を覇する国が中国でなければ、次に思い浮かぶのはロシアかもしれません。確かに軍事的には世界最強と言えるでしょう。プーチン大統領の頭の切れ、統率力といい超一流と思えます。これからも世界で軍事的衝突があった場合には、ロシアが介入して調停することも多いでしょう。しかしながらこれからの世界が軍事力だけで制覇できるとは思えません。ロシアの経済状況、国民気質等考えると世界を制するのはNOと言わざるを得ません。たとえそのようなことが起こったとしてもウォッカに負けますね。

それでは中国に続く人口を抱え、ITエンジニアでも注目されるインドはどうでしょうか?たとえこの先経済が中国と並ぶぐらい急速に発展したとしても、そのうち330兆5千800億の砂粒が…とか言われそうで…、ガンジーが生きていたならまだしもちょっと哲学過ぎて世界はついていけません。

ならばまさかの我らが神国日本では???といえば…、現在の日本はアメリカの植民地以外の何でもない状態であり、更に政治も国も3流以下、経済も2流となりガタガタ国家としか言いようがなく、この先合衆国の道づれとなって終わりが一番近い国としか言いようがないように思えます。

S. Hermann & F. RichterによるPixabayからの画像
世界の状態

では一体どこの国が次なる世界の覇者となるのかというと、その前にまず考えてみたいのは、現在世界で起こっていることは何かということです。それはズバリピラミッド構造社会の崩壊です。人類はここ千年、数千年をかけてピラミッド社会を築き上げてきました。西洋世界でいえばアダムとイブが禁断のリンゴを食べた時からであり、日本でいえば大陸から人々が押し寄せて形成された弥生時代からです。支配者たちは腕力と暴力でもってその地域に君臨し、それが権力へと変わり、政治、宗教、地位、名誉、お金を用い、さらには科学、教育、民主主義、資本主義を使ってピラミッド構造を強化していったのです。

そしてここ数十年は一挙に権力者たちの欲望は膨らみ、社会を金融一色とし、それを用いてますますその強権をむき出しにしてきました。結果出来上がったのは1%と99%というある意味いびつな形のピラミッドです。しかしながらこのいびつさがピラミッドを揺るがすこととなります。99%の中には衣食住の人間が生きていくうえでのベースが揺るがされ、中にはそれらを奪われた者も多くいます。その一部は移民や難民となりヨーロッパ各国や合衆国へと押しかけ、各国の生活を脅かすようになっています。

また一方でインターネットの世界普及により様々な情報が人々に知られるようになりました。そこには権力者たちが隠しておきたい情報も出てきます。それが何かというと、彼らがこれまでに企ててきた陰謀とその真実です。その中で今最もにぎわせているものが人類へのチップ埋め込みによる奴隷化や世界の人口削減計画でしょう。それらを一般の人々が知り、共有できるようになったのです。

これらの変化によって現在世界的にピラミッド構造がガタガタと音を立てて崩れようとしているのです。それこそが現代社会が混とん状態にある大本の原因です。

余談となりますが、もちろん社会が混とん状態にある原因はそれだけではありません。ピラミッド構造の中で金融一色にされてきたことは大きな原因ですが、科学(化学)技術の発展による高度社会化もその原因の一つです。ここ数百年の間に科学は大いに発展しました。更にここ数十年のコンピューターやIT技術の発展で一層の進化がもたらされています。しかしながら人間はそれによってナノ単位技術やDNA技術など人間の目にでは見えないものを相手として取り組むようになりました。それらはある意味人間の範囲を超えた超高度科学と言ってよいでしょう。それを人々は一分一秒を争って研究開発しているのです。その結果それらは人間生活をより便利にもしましたが、自然から切り離され、いつの間にか人工物である機械や時間に人間が翻弄され、支配されるようになってしまったのです。それによっても生きづらさが生じているのです。(ちなみに私はこれはニュートン科学社会の限界と名付けています。)私たちは科学を利用しているつもりがいつしか科学に化かされてしまったのです。これもまた社会の混沌原因の一つと言えるでしょう。

Gerd AltmannによるPixabayからの画像
混沌からの脱出

それではこの混とん状態から脱するために私たちはどうすればよいのでしょう。今や世界中の99.9%の人々が大なり小なりこのピラミッド構造社会の中に組み込まれています。唯一の例外なのがアマゾン奥地に住む原住民とオーストラリアの砂漠地帯で暮らすアボリジニ人なのかもしれません。 では私たちもこの状態から抜け出だすためには彼らと同じような暮らしをするしかないのでしょうか?ある意味そうかもしれません。日本でも山間部で小さなコミュニティを作り物々交換的生活をしている人たちもいます。考えようによっては彼らは先端的暮らしをしているといえます。ただし彼らの暮らしがこの先もより良き状態で継続されるのかどうかはまだ分かりません。けれども私たちは今二者択一を迫られていることは確かです。それはこのピラミッド社会から抜け出し新たな世界を模索していくか、あるいはこのままピラミッド社会の中にとどまり混沌状態が収まるのを待ち続けるかというものです。

ですからこの先このピラミッド構造から抜け出そうとする人達とこのピラミッド構造に留まろうとする人たちに社会は分断されていくのかもしれません。それ故に多くの(スピリチャル系の)人々が今後世界や社会は二極化が進むと言っているものと思われます。しかしながら最終的にはピラミッド構造は崩れるしかないのですからそこから抜け出すしかないのです。問題はどのタイミングで、どのようにして抜け出すかということなのです。

残念ながらその答えは分かりません。もしかしたら今かもしれないし、もしかするとまだ少し先でも大丈夫なのかもしれません。あるいはもう遅すぎるかもしれません…。直観に従って行動し、新しいものを試行錯誤しつつ生み出していかなければなりません。でなければ混乱とした状態はますますひどくなり、その期間もどんどん延びていくということでしょう。もしかするとこの混乱こそが「禊(みそぎ)」なのかもしれません。

ひとつ言えるのはピラミッド構造とは階級社会であり、それは縦型(社会)です。それが崩れるならば今度は横型となるということでしょう。この横型で誰かに強制されたり支配されたりするのではく、自主的に活動していく中でまとまるためにはビジョンとその共有が必要となることでしょう。これらを考えるとこれから目指すカタチは円のようなものとなるのではないでしょうか?

日本の可能性

さて先に日本は世界を制することはないと書きましたが、現在のピラミッド構造でもって覇することはないことは確かです。けれども日本は次なる時代、すなわち円のような形となる世界を作り出す要素は持ち合わせています。なぜなら日本には江戸時代や縄文時代という世界には例を見ない特異な歴史を持ち合わせている国だからです。

江戸時代、それは徳川家の主を征夷大将軍(頂点)としたピラミッド構造であり、士農工商という階級社会でした。けれども天下が治まるにつれ武士は刀を置き、現在の公務員的立場となって、各藩を治めるようになります。そこに武道と仏教(禅宗)が結び付き、更にもともとは体制の維持を目的とするための学問として朱子学が取り入れられます。その朱子学は儒教精神が基となっています。それらが融合し武士の規範である「武士道」が生まれました。それによって武士階級は精神を重視するようになります。さらには時代背景もあり質素な暮らしをよしとするようになります。それによって武士階級は、自らが持つ権力を欲望のままに使う世界の権力者とは全く違う「謙虚さ」や「内省」を伴うものとなりました。(もちろん中には例外者もいます。)そういう人たちのもとで庶民は暮らすのですから、彼らはのびのびと暮らすことができました。そこに日本(人)の元来もつ気質から、西洋社会からするとパラダイスのような社会が築き上げられたのです。もし万が一世界の権力者たちが謙虚さを持つことができたならば今の世界は持続させることが可能かもしれません。しかしながら現状を見る限り「謙虚さ」を持つことはないでしょうし、また自然をコントロールしようとする考えがある限り無理でしょう。それは今の日本でも同じです。現在の政治家、官僚、その他諸々の権力者を見る限り100%不可能です!

ところで日本(人)の元来持つ気質は何かというと、それは時代をさかのぼり縄文時代へとたどり着きます。縄文時代の大きな特徴のひとつは争った形跡がほとんど見られないということです。それも1万2千年以上続いたということです。このことは現代史からすると驚異的なことです。なぜならこの2,000年の間に世界はいったいどれほどの争いを繰り広げてきたことでしょう。ここ100年を見ると毎日どこかで争いが起こっているといっても過言ではないでしょうか。それが1万2千年以上争うことなく続いてきた時代とはいったいどのような時代であったのでしょう。今の私たちには想像すらできません。

縄文時代に文字はなかったとされており、当時の様子を文献等から知ることは不可能ですが、発掘された遺跡や土器などから言えることは、縄文時代は自然を崇拝し、自然と共に生きてきたことは確かです。そして常に自然を含めて自分(が見ている世界)よりも偉大なもの、大きな世界があるという感覚をもっていたことも確かです。

現在世界中のほとんどの人々が自然の脅威を感じています。世界各地で自然災害が発生し、人々はその恐怖と被害に脅え苦しんでいます。そしてその原因のひとつは人間による自然破壊であることを知っています。これまで、特にここ100年の間に、人間は一体どれだけの自然を破壊してきたことでしょう。それはまさしく縄文時代とは正反対のものです。もちろん縄文時代の人々も自然の驚異は身をもって知っていたでしょう。けれどもその根本にある「敬い」「共生する」ことと「人間は自然を支配できる」という根本の自然観が違います。

日本の循環世界の循環

縄文時代末期から大陸からどんどん人が渡ってくるようになりました。そして支配者層が現れ、弥生時代となり日本でもピラミッド構造の構築が始まります。それが進み天皇が現れ古墳時代となり、飛鳥時代には天皇がその座を巡って争い、奈良時代・平安時代と続き、平安時代には貴族層が形成され、平安末期には豪族(武士層)が現れます。この間も大陸から日本列島へと人々がやってきています。法隆寺の宝物殿には大陸から伝わった様々なものが収蔵されており、それらを見る限り、飛鳥時代にはオリエント(中東)からも人やモノが日本へ来ていることが分かります。また平安時代には謎多き秦一族が大勢で日本にやってきています。おそらく武士層ももともとは大陸からやってきた人々によって形成されたのではないでしょうか?

彼らはこの大和の地にやってきて、あるものは元からいる者と調和し、あるものは力でもって奪い、そしてピラミッド構造を形成していきます。しかしながら時代の流れの中でやがては剣を置き、1万2千年の時代に調和すべく精神を重んじるようになったのです。そして自然と共にあり平和で文化が熟す時代を迎えたのです。そして江戸末期となり西欧諸国からエゴにあふれた権力者とその下部たちの訪れにより、人々は再び剣を握るようになり、新たなピラミッド構造が再構築されていくように仕向けられ、その延長として今日の日本ができているのです。

今まさに世界の混沌状態は、日本の歴史でいうならば戦国時代に近い状態にあるとのではないかと思います。しかしながらそれは誰かが覇権を取るというものではありせん。ピラミッド構造は崩れゆく運命にあります。そして時代は一部の者が情報を握り続けることができなくなっています。このような状況からすると、これからは一人一人が中心となりつつ、一人二人と合わさってより大きな円を生み出していくようになると思うのです。そしてその根本は現代の「自然の上に人間がマウントする」ものとは正反対の「自然を敬い、共生する」ものとなることでしょう。

それはもしかすると日本が主導することとなるかもしれません。けれどもそれは日本人だけではありません。外国人にもいます。新型コロナウイルスが流行する前に世界で日本ブームが起こっていましたが、多くの人々が古の日本に共感するようになっていました。それは意識的であれ無意識的であれ、まさに明治となるまでの日本に育まれていたものがベースとなっています。もちろんアニメなど現代が生み出したものにも人気はありましたが、それらももとをたどれば古の日本をベースに現代社会と融合させたものであるのです。

この先世界中で自然と調和していこうとする精神が育っていくこととなるでしょう。もちろんそれは原始的な生活に戻るというのではなく、科学といかに融合させつつ自然に沿ったものとなるかというものになるでしょう。その参考として古の日本がお手本のひとつととなることでしょう。そして私たちは地球の恵みで生きていること、地球上の生命の一つであることを認識していくことでしょう。その価値観がそれぞれ個性を伴ってひとり、二人、三人と広がっていくのではないでしょうか。

最後に時代はすでに一人一人が天とつながる時代となっています。たとえもしひとりであると感じたとしても、自然をベースとした価値観を持ち、天とのつながりを感じていれば大丈夫です。天は見てくれています。自分自身と天を信じて前を向いて進みましょう!



らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~

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