人間の持続可能性

各地でヒグマの被害が発生している。ここ数年ヒグマ出没のニュースをよく見るようになっていたが、今年はこれまで以上にその回数が増え、その被害も大きくなっているように思う。幸いなことに(?)四国にはヒグマは生息していないので、山に出かけてもヒグマと遭遇するということはないだろうが、その代わりではないがイノシシはどんどんその生息域を広げている。

私の住む地域は、地方都市の中心から少し離れた住宅エリアとなるのだが、近隣の地区ではイノシシが山に現れるようになったそうなので、私の住む地域にも現れるのも時間の問題と思われる。

その証拠というか、前哨戦のような形で、わが地域にもハクビシンが現れた。1年ほど前、日が落ちて辺りが暗くなったころ2軒先の家の道路で何か歩いていた。あの形は猫ではないぞと思いきや、それはハクビシンの親子だった。これまでハクビシンなど見たこともなかったのだが、猫とは違う顔と鼻のあたりが白かったので間違いないだろう。その後も早朝近くの耕作放棄地となっている草むらで何かいると思いきや、やはりそれはハクビシンであり、しかも丸々と肥えていた。そんなこともありイノシシが出現するのもそれほど遠き日のことではないように思うのだ。

Eszter MillerによるPixabayからの画像

しかし、こうして熊やイノシシにハクビシン、その他シカや猿などの野生動物が日本各地で人々の生活圏域に現れ、時に人に被害をもたらしているのは人間に対する警告以外のないものでもないと思う。

では何故このように様々な野生動物が人間の暮らすエリアに現れるようになったかというと、

かつて日本の山々は雑木林のごとく様々な広葉樹や針葉樹が生えていたのが、戦後産業のため杉やヒノキの針葉樹ばかりにしてしまったことで動物たちの食料が少なくなったことが原因と言われたり、

また中には(過疎化や高齢化のせいで)人間が山の手入れをしなくなったからという人もいる。

あるいは、人間と動物のすみわけをしていた境界エリア、里山地帯がなくなったからなどともいわれたりする。

確かにそういう面もあるのだろう。けれども私が思うに、それ以上に人間が自分たちの便利さを求めて自然に対してやりたい放題にしてきたことの方が大きいように思う。それゆえに自然界からの警告と思うのだ。

Paul Henri DegrandeによるPixabayからの画像

私たちは宅地開発として田畑を潰すだけでなく、(現在はさすがにそのようなことはなくなったかもしれないが、)かつては郊外の山を切り開き住宅街を作った。今でも工場を誘致するために田畑地帯を大規模に潰し工場団地を作っている。また交通の便をよくするために滅多に人が入らないような山々に穴をあけ、道路や高速道路を建設している。そして何かあればすぐにコンクリートでガチガチに固めている。最近目立つのはやたらあちこちにメガソーラーが建設され、そのためにまた大規模に自然が破壊されている。たとえ辺で貴重な野生動物が確認されていてもお構いなしだ…。

そんなことを人間は平気でやっておきながら、一方でエコとか、サスティナブルな社会とか、あるいはこれからは持続可能性こそが大切だと国も企業も自治体も言って、こんな地球にやさしい取り組みをしますと言って政策を掲げている。笑うに笑えない。

人間はこの50年、100年本当にやりたい放題にやってきたと思うのだ。明治維新から工業革命が日本でも始まり、それと同時に日本人にもエゴが表に出てきた。それは第二次世界大戦以降も続き、資本主義から金融資本主義へと変換してさらにエスカレートし、今では世界中がエゴむき出して争っている。それこそ第三次世界(エゴ)大戦状態だ。こういう状況を見ていると、正直人間はあまりに愚かとしか言いようのないレベルまで落ちてしまったように思う。

野生動物が人間の生活圏域に出現していることだけではない。このところ世界中で異常気象は当たり前のようになってきた。大型台風、極端な豪雨による河川の氾濫、異常な高温と寒波。それらを人間は肌で感じ、身をもって知りながらも、政策を掲げることはあっても、何もしようとしていない。いや権力者たちはそれらを利用してもっともなことを言い、その裏では自分たちの権限の強化をしようとしているだけなのが実情だ。

solar energyによるPixabayからの画像

ところで日本人ならば誰もが知っているアニメ映画の「風の谷のナウシカ」。その時代背景は、「人類を神の領域にまで近づけた、大産業文明が衰退し「火の七日間」とよばれる戦争によって地表は不毛の地となり、文明が崩壊した世界。人間が暮らすことの出来ない地域である腐海、その地に暮らす王蟲といった巨大生物に世界はどんどん侵食されていく。」というものだ。

現在社会を見てみると、人間は遺伝子技術をどんどん進化させ、遺伝子組み換えは当たり前のようになっている。ゲノム編集、それはどう考えても遺伝子組み換えの一種としか思えないのだが、編集だから問題はない、表示も必要ないといって、日常的に大衆の口の中に入る様にされている。

また機能獲得実験と称し、ウイルスを人為的に変異させ、それでもって(ワクチンを開発し、)未来に発生した場合に備え安全を確保するというおかしなこともやっている。(それでもって新型コロナのパンデミックは世界中に広がった…。)そうして今では人間の致死率100%というものを実験室で作っているあり様だ。

更に陰謀論と呼ばれるかもしれないがケムトレイルとして大気に毒素をばら撒いてもいる。もしこのことが本当にただの陰謀論だとしても、PM2.5など汚染された黄砂や空気が大陸からやって来ているのは、日本人の誰もが認めることだろう。日本の空気はどんどん汚染されている。

風の谷のナウシカ – スタジオジブリ|STUDIO GHIBLI

そんなことを考えると、風のナウシカの時代が本当に近づいているように思う。腐海の森は人間にとって毒の臭素を発生させ、その場所に人々は住めなくなったように、現代は空気が汚染され多くの人々がアレルギーを持っている。(一説には空気汚染のために肺がんが増えているとも…。)

ダンゴムシが巨大化したようなオームやカゲロウが巨大化したような虫たちが腐海には住み、侵入してきた人間を襲うように、クマが人間圏域に現れ人々を襲う。それだけでなく人為的に遺伝子組み換えされ変異たウイルスや世界各地で発生し人間を襲っている。

Ralf VetterleによるPixabayからの画像

そう考えるとナウシカの時代背景は、現在の科学技術の一歩先の世界でもある様に思えるし、遺伝子操作でいかようにも生物を操る様になった私たちは、現在人類を神の領域にまで近づけた、大産業文明の真っ只中、あるいはその末期にいるように思える。

このままいくとこの地球上で人間の住める場所は、本当に限られてしまい、(自然の力に)怯えながら暮らさなければならないようになるのではないだろうか。

もしそれが嫌ならば人間はもっと謙虚になるべきだと思う。これだけ自然を破壊し、今でも異常気象を始め様々なしっぺ返しを食らっているのだから、一度立ち止まり自分たちの生活の仕方(生き方)を見直すべきだと思う。

そして地球や自然と共に生きていくことこそ、人間の持続可能性があることを知るべきなのだ。

 風の谷のナウシカ – スタジオジブリ|STUDIO GHIBLI


アイキャッチ画像はAmbreVEGAによるPixabayからの画像



らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~

 

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